相手のまわしをガッチリ引きつけ、巨体を軽々と宙へと持ち上げる豪快無比な「吊り出し」。その圧倒的な怪力相撲で日本中のファンを熱狂させた元大関・栃ノ心(本名:レヴァン・ゴルガゼ)。右膝の壊滅的な大怪我を乗り越えて幕下から大関へと駆け上がり、一度は陥落しながらも不屈の闘志で大関復帰を果たしたドラマは、大相撲史に深く刻まれています。
2023年5月の土俵生活への別れ、そして2024年2月の感動的な断髪式から月日が流れた今、彼は一体どこでどんな日々を過ごしているのか。ファンが最も気にかける引退の真因から、新たな伴侶となった日本人妻との生活、そして第二の人生として情熱を傾けるジョージアワイン事業の最前線まで、2026年最新の動向を徹底追跡しました。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:2023年夏場所で土俵を去った栃ノ心は現在、日本を拠点に母国の魅力を伝えるジョージアワインの輸入販売事業を軌道に乗せ、実業家として大成功を収めている。
- 要点2:引退の決定的な引き金はボロボロになった膝と肩の限界であり、私生活ではジョージア人の元妻との離婚を経て日本人女性と再婚し、新たな家族の支えを得ている。
- 要点3:2026年現在もタレント活動や相撲解説、日本とジョージアを結ぶ民間親善大使として多方面で精力的な活動を展開している。
【現在の活動】怪力大関から実業家へ!栃ノ心が情熱を注ぐジョージアワイン事業
まわしを脱ぎ、スーツ姿がすっかり板についた栃ノ心が現在、ビジネスの主戦場としているのがジョージアワインの輸入・販売プロデュースです。約8000年前から続く世界最古のワイン醸造発祥地とされる母国ジョージアの伝統製法「クヴェヴリ(素焼きの壺)仕込み」で作られたワインを、日本の食卓へ届ける架け橋として精力的に飛び回っています。
現役時代から「母国の素晴らしい文化と味を日本人に知ってほしい」と語っていた思いを具現化し、自ら現地ワイナリーを厳選して立ち上げたブランド展開や飲食店への卸売、さらには全国各地の百貨店催事でのPR販売に直筆サイン入りボトルを携えて登場。その巨躯と持ち前の陽気な笑顔で、ワインファンのみならず往年の相撲ファンをも喜ばせています。
相撲界出身者のセカンドキャリアとして飲食や実業を選ぶケースは多いものの、母国の特産品を自らプロデュースして日欧の架け橋となるモデルは異色です。2026年現在も取扱店舗を順調に拡大しており、ビジネスマン・栃ノ心の手腕は業界内でも極めて高い評価を得ています。
【引退理由の真相】度重なる怪我との戦いと春日野部屋で迎えた決断の瞬間
記憶に焼き付く怪力無双の取り口の裏で、栃ノ心の肉体は限界をとうに超えていました。2023年5月場所(夏場所)の5日目、東十両5枚目の位置で下した現役引退の決断。その最大の要因は、長年彼を苦しめ続けた下半身の致命的な負傷と、新たに襲いかかった右肩の故障でした。
栃ノ心といえば、2013年に負った右膝前十字靭帯断裂および内側側副靭帯損傷という選手生命を脅かす大怪我を避けて通れません。長期休場により一時は大関候補から東幕下55枚目まで転落。それでも不屈の執念で土俵へ這い上がり、初優勝と大関昇進を勝ち取りました。しかし、サポーターで固められた右膝は引退間際、骨同士が直接ぶつかり合うほど軟骨がすり減り、踏ん張りが全く利かない状態に陥っていたのです。
名門・春日野部屋で師匠(元関脇・栃乃和歌)と二人三脚で歩んできた相撲道。「自分の力が出せなくなった。これ以上は春日野の看板を汚せない」という潔い引き際は、まさに武士道を体現した外国出身力士の誇りそのものでした。
【家族とプライベート】再婚した日本人妻と子供の存在|知られざる私生活
波乱に満ちた競技生活を支えたプライベートにも、大きな転機がありました。栃ノ心はかつて母国ジョージアの幼馴染であったニノ夫人と結婚し、待望の愛娘を授かっていましたが、文化の違いや遠距離生活のすれ違いなどが重なり、惜しくも離婚を選択することとなりました。
その後、土俵人生の終盤から第二の人生の滑り出しを献身的に支え続けたのが、再婚相手となった日本人女性(愛夫人)です。日本文化に深く溶け込み、日本の心を愛する栃ノ心にとって、細やかな気配りと深い理解で寄り添う彼女の存在は、ボロボロの心身を癒やす最大の拠り所となりました。
ふたりの間には愛息も誕生しており、愛する妻と子供に囲まれた家庭環境が、実業家として多忙を極める彼の活力源になっています。公の場やSNSで見せる穏やかな父親の表情からは、激しい勝負の世界を生き抜いた男の充実ぶりがストレートに伝わってきます。
【波乱の角界人生】身長192cm・170kg超の巨躯で果たした奇跡の大関復帰
あらためて振り返るべきは、栃ノ心という力士が打ち立てた不滅の足跡です。入門時の公称身長192cm・体重170kg超(最盛期は180kg近く)というギリシャ彫刻を思わせる鋼の肉体。柔道で培った強靭な足腰と、怪力に任せて相手を土俵外へ軽々と運び出すスケールの大きな相撲は、見る者を常に釘付けにしました。
なかでも平成の相撲史に残る名場面となったのが、大関昇進と奇跡の大関復帰です。 2018年初場所で平幕優勝を果たして大関の座を射止めるも、度重なる故障で一度はその座から陥落。しかし、関脇で迎えた2019年5月場所、大関復帰の条件である「10勝」を見事にクリア。13日目に復帰を決めた瞬間の雄叫びと涙は、国技館を揺るがす大歓声を巻き起こしました。
ジョージアという遠く離れた異郷から単身日本へ渡り、文化と言語の壁を乗り越えて春日野部屋の厳しい稽古に耐え抜いた彼だからこそ、多くの日本人ファンの琴線に触れ、熱狂的な支持を集め続けたのです。
【涙の断髪式】両国国技館に響いた拍手と大銀杏に別れを告げた日
2024年2月4日、聖地・両国国技館で行われた引退相撲・断髪式は、栃ノ心の人徳を象徴する壮大なセレモニーとなりました。土俵上には角界関係者のみならず、政財界の重鎮や芸能人、さらには母国ジョージアから駆けつけた親族や要人など、実に約300人もの人々が鋏を入れました。
最後に師匠である春日野親方によって大銀杏(おおいちょう)に鋏が入れられた瞬間、栃ノ心の大きな瞳からは大粒の涙がとめどなく溢れ落ちました。17年間にわたる激闘の歴史に終止符を打った瞬間であり、同時に新たな人生への旅立ちの合図でもありました。
断髪後に披露されたオールバックのダンディなヘアスタイルとフォーマルスーツ姿は「ハリウッド俳優のように精悍で格好いい」とネット上でも大きな反響を呼びました。髷を落とした姿は、相撲人から世界を股にかける実業家へと美しく脱皮した瞬間を象徴していたと言えます。
【栃ノ心】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:栃ノ心は現在どこに住んでいますか?日本を離れたのでしょうか?
A1:日本に生活の拠点を置いています。ジョージアワインの輸入販売事業を日本国内で主導しているほか、タレント活動やイベント出演も多数あるため、再婚したご家族とともに東京都内近郊をベースに暮らしています。母国ジョージアへもビジネスの買い付けや家族への挨拶を兼ねて定期的に往復しています。
Q2:相撲界の親方(年寄)として日本相撲協会に残らなかった理由は?
A2:親方として日本相撲協会に残るためには日本国籍の取得(帰化)が必須要件となります。栃ノ心は母国ジョージアへの深い誇りと愛着を強く持っており、国籍を変更せず、一人の民間人として相撲界の外から日ジョ両国の発展に寄与する道を選択しました。
Q3:栃ノ心の現役時代の最高位と生涯成績はどうなっていますか?
A3:最高位は「大関」です。幕内最高優勝1回(2018年1月初場所)、殊勲賞2回、敢闘賞6回、技能賞3回を受賞しています。通算成績は650勝621敗68休という堂々たる記録を残し、怪我で幕下に落ちてから大関へ這い上がった史上2人目の力士として歴史に名を残しています。
まとめ:日本とジョージアの架け橋として輝き続ける栃ノ心のこれから
かつて両国国技館を揺らした栃ノ心の怪力は今、人と人を結ぶビジネスの推進力へと姿を変えました。大相撲という過酷な伝統競技に身を捧げ、心身ともにボロボロになるまで土俵を務め上げた彼だからこそ、その誠実な人柄と不屈の情熱は引退後も多くの人々を引きつけて離しません。
家庭では日本人妻と子供というかけがえのない宝物に恵まれ、ビジネスでは自慢のジョージアワインを通じて日本文化との融合を深める日々。大銀杏を下ろしてもなお、栃ノ心の胸にある「相撲道」と「感謝の心」は少しも色褪せていません。2026年、第二の人生を力強く邁進する元怪力大関の新たな挑戦に、これからも熱い視線が集まり続けます。 (出典: 栃 ノ 心(Yahoo!ニュース))